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2011. 03. 20  
a.jpg

夕暮れのウユニ塩湖(ボリビア)
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2011. 03. 20  
27(+2)日目 東京

一昨日の夕方、無事に成田空港に着き、実家の東京・杉並に帰ってきた。
ブエノスアイレスからサンティアゴまで2時間、
1時間待ってトロントまで10時間、
6時間待って成田まで12時間。
合計31時間という、なかなかに過酷な移動でくたくたになった。
2日経ってだいぶ時差ぼけは直ってきた。
本当は帰ってからすぐに思ったことを書こうと思っていたが、
一か月ぶりの日本の様々な部分を謳歌していたら
いつのまにか2日経ってしまった。

ではざっくりとこの旅行を振り返って一番大きく思ったことを書く。

一言で言うと

『日本はレベルが高い』

皮肉にも日本で起こった大地震への対応を見ていても、
日本人は非常にレベルが高い、と強く思った。
それはインフラや技術的なことはもちろんだけど、
人の心が豊かで余裕があるな、と思った。

南米は基本的に、人を疑うことから始めなければならない。
良い言い方だと陽気、悪いいい方だと、適当であまり人のことを考えていない。
人への親切も心から人のことを考えてのサービスではなく、
オブラートに包んだ自身のエゴの押し付けであることが多い。
また、サービスの仕方も日本から見れば工夫次第で
相当改善されるようなものがあまりに多い。

例えばトイレ。
公衆トイレはだいたい金がかかる。
トイレの入り口に銭湯の番台のおばちゃんみたいな人がやる気なさそうに座っていて、
トイレ使いたければ金払えと要求してくる。
その金もホントなけなしのもの。
(ペルー:0.2~1ソル、6-30円
 ボリビア:1-3ボリビアーノ 12-36円
 チリ:100-200ペソ 16-32円
 アルゼンチン:1-2ペソ 20-40円)
金を払うと紙(トレペ)をくれる。この紙も相当質が悪くざらざらしている。
当然ながら紙がないからだ。
そして南米は便器が詰まるために紙を便器に流してはいけず、
使用済みの紙は備え付けの横のごみ箱に捨てる。
運が悪いと便座がなく、空気椅子トイレをせざるを得ない。
レバーを倒しても水の流れが悪く、物が1回で流れないこともしばしば。

こういった劣悪な環境のくせに何食わぬ顔してやる気なさそうに金取ってる番台を見て
毎回疑問に思った。というか非常に腹立たしかった。
なぜ人間の生理現象に金を払わなければいけないのか。
しかも、う○こもれそうな緊急事態の時にも普段使わないセンターボ
(通常貨幣の一つ下の単位。ドルで言うところのセント)を
財布からわざわざ探して出さなきゃいけないから超焦った(笑)
結局徴収した金は番台を雇う金になるから意味がない。
その金が余ったとしてもあいつらは絶対にトイレの質の改善はしないだろう。
恐らく日本のように紙をトイレに常備などしたら一瞬にして奪われるから
こういう制度を取らざるを得ないのだろう。
後の人のことを考えられない、自分だけ良ければいい、
っていう考えが少なからずあるからこそ有料トイレも当たり前になっている。
日本の公衆トイレは番台はおらず無料、便座付きは当たり前、
ダイソン並の吸引力でほぼ確実に一度で流れ紙もついていることが多く、
洗面所にはハンドソープなんかも置いてあることが多い。
別にトレペを持ち逃げする奴なんてほとんどいないし、
ハンドソープを持って帰るやつもいない。
それは日本が豊かで技術力が高いのはさることながら、
『公衆トイレ』は後に使う人のために皆が使うからキレイに使わないといけない、
という共通意識があるからほとんどの場合がキレイな状態に保たれているわけである。
そしてそれは日本人の中では当たり前の意識として植えつけられているから
そこに金を払うという行為をせずに、無料のサービスとして利用できるのである。
ルールを強化したり、そこに金という対価を払わせるのは、
あることをしてはいけない、する疑いがある人がいるから罰則を強化するためである。
この時点で視野は狭くなり、発展への壁は立ちはだかり後ろ向きにしか進まない。

結局つきつめていくとそこは『民度の差』という
陳腐な言葉で片づけなければいけないのが
悲しいが、こればかりはどうしようもないことなのかな、と思う。

やっぱり日本は素晴らしい!とか南米はバカ!とか遅れてる!とか
卑下するつもりはないけど
客観的に見て相対的に『日本はレベルが高い』と肌で感じたわけである。

これはトイレ以外にも色々あって

例えば仕事。
ほとんどの店は昼間の4、5時間はシエスタ(昼休み)で店を閉める。
仕事時間は朝と夕方で4-6時間ぐらいのところが多そう。
土曜の午後と日曜はほぼ全ての店が営業しない。
祭りがあったら仕事しない。
日本人は真面目すぎ、とか外国人は陽気、とかじゃなくて
これで世の中がそれなりに機能しているってことはその国の経済状況は
その程度のレベルだってことである。

例えば地下鉄。
『まもなく○番線に電車がまいります』ってアナウンスが
全くなくていきなり電車がのそっと現れる。
だからたくさんの人がホームから身を乗り出して電車が来る方向を
今か今かとしょっちゅう覗きこんでいる。
ホームには流行の曲のBGMが四六時中流れており、電車の進入は気づきにくい。
非常に危ない。
アナウンス一つあれば全て解決する。

例えば車用の信号。
リマ、ラパスは住宅街など交通量多いところでも信号がないところが多い。
かわりに徐行板?というのか、高さ10センチぐらいのアスファルトの
こんもりした障害が至るところにあり
そこに近づくとバスだろうがタクシーだろうが嫌が応にも最徐行する。
スピード出して乗り越えると吹っ飛ぶから。
スピードを落とせないから仕方なく付けてる感じ。
同じぐらいの太さの交差点では結局はその場その場でどっちが通るか決めている。
よく事故が起こらないと思う。暴走した車が一台いたら大変なことになりそう。
(でもいないんだろうな)
ここに信号を付ければとりあえず私の不安は解決する。


***

私は自転車旅行を含め、個人での旅行を結構してきてたどりついたのは
結局、旅は『ヒト』である。ということ。
壮大な自然、荘厳な建物、そこにしかない食べ物、そこでしかできない体験
毎回大いに楽しみであるしそれぞれ旅のおおいなるスパイスである。
でもやはり一番のメインディッシュはその土地の人と交流すること。
言語はその為のコミュニケーションツールだと思っているので
知っていれば知っているだけいいし、できるだけ交流したいから勉強したい。
別に検定とかT○EICの点数とか全然興味ない。
できるだけたくさんの人の考えていることを知り、こちらの考えを相手に伝えたい。
お互いの意思が通じた時はどんな時でも嬉しい。 それは相手が日本人でも同じ。
だから身ぶり手ぶり、筆談、英語、日本語も総動員して頑張って伝えたら
すごい面白かった。
人の考えが分かることでその土地の文化が分かる。
自分の土地と比較でき、世界が広がる。

個人的にこの旅行で一番テンション上がった瞬間は
ウユニ塩湖ツアーで、ウユニ塩湖の塩のホテル
『プラヤブランカ』にチェックインしようとした時
ホテルの従業員に
『お前の予約はきいていない。ここは今満杯だ!
お前を眠らせるベッドはねぇ!(河本風)』と
猛烈にスペイン語でまくしたてられ、
こっちもキレて猛烈にスペイン語でまくしたてた時だ。
ウユニの町に帰るか、床で寝ろ、と言われ全く納得できなかったから、
『私はここで泊まるために来た!トップをだせ!
床で寝てもいいが、その時は一泊分全額返金しろ!』
とスペイン語で猛抗議。床寝という妥協案も条件付きで受け入れたが、
相手は応じなかった。
らちが明かないので相手にツアー会社に電話をかけさせ、
事情を説明させツアー会社の手違いだったことが分かり
結果的にベッド付きの部屋でベッドで寝られるという
こちら側の『完全勝利』を勝ち取れた。
現地人と現地語でアツく議論(というか抗議)出来たのが最高に心地よかった。
ウユニ塩湖でもマチュピチュでもなく私はこの場面が今でも一番印象に残っている。

結局この世のものごとは全て『比較』の世界で成り立っていると思う。
旅行へ行った後で、日本がレベル高い、って言えるのは当然ながら『旅行先と比べて』
という接頭語が隠れている。
このリンゴ、うまい!っていうのも『今まで食べたリンゴと比べて』だし
円高ドル安も『いついつと比較して』だし
あいつ校内テストいつも上位で頭いいよな~、も『その学校の中で』であり
『学区内では』『県内では』『日本の中では』どうなのかは分からない。

4月から社会に出て働く。
国内において人とものを運搬するサービス業である。
仕事をする対価として金をもらう。
そこには責任が発生するだろうし、
今まで24年間やってきた学生とはがらっと雰囲気が変わることになるだろう。
気合いれて向かっていかなければならない。
ヒトを通じて色々なことを経験して吸収し、冷静に比較して
これからも自分の器を大きくしていきたい。



一旦ブログはおしまい。
再び時間ができたら1日目から写真付きで振り返っていこうと思う。
南米来る前に引越しの準備とか何もしてなかったから大急ぎでやらなきゃ(笑)

では、小樽港で待ってるよ。 
以上、ボリパーのよーすけでした♪

ちゃお。
2011. 03. 13  
22日目
サンティアゴ

サンティアゴ-ブエノスの航空券をネットでとろうとしたら
チリ国内の格安航空券は往復じゃないと買えないからだめ。
格安航空券サイトで2万弱で買えそうだったがなぜかクレジットカード決済ができません、とでる。
ビザのコールセンターに電話かけようとするも営業時間外でだめ。
ATMで金おろそうとするも海外キャッシュ限度額を超えてるからだめ。
旅行会社で手続きしてもらおうと試みるも日曜だから全部閉まっている。
3日後にブエノスにいないと日本に帰れない。
明日友人とブエノスで会う約束をしている。今はサンティアゴ。
最悪これは切る。
ヘルプしてくれるのが外国人の言葉が早すぎて聞き取れない。
飛行機で2時間だがバスだと20時間かかる。
昨日は25時間かけて1350キロを移動してきた。
風邪ひいてだるい。咳がひどい。
たぶんウユニの5000mの高地からいきなり下りてきてアタカマ砂漠の乾燥と暑さにやられたんだろう。

とりあえずこれからサンティアゴのバスターミナル行ってブエノス行きのバスがあるか調べてくる。
恐らく今夜or今日の午後の便でサンティアゴを出る。
本当は今日、世界遺産の町、バルパライソ(楽園の谷)に行く予定だったけど
こんな完全アウェーな状況だから切った。
2011. 03. 11  
20日目
8時のバスでサンペドロデアタカマを後にし、北の町カラマに向かった。
朝、少し、いやかなり驚いたニュースがあって心配になったけど、
東京にいる親のケータイにかけて両親、祖父母、家は無事であることが
分かったのでとりあえず一安心。
9時半にカラマに着く。
腹が減ったのでとりあえず町のメルカド(市場)に行くもまだほとんど開いていない。
ペルーとほぼ同じ経度なのにペルーより2時間プラスされるチリでは朝9時半は
まだまだ早い時間なのかもしれない。
仕方ないので適当にバルに入って適当に飯を食い時間をつぶす。

チリは聞いていた通り物価が高い。そしてかなりインフレ。
物価が安くデフレであるペルーとボリビア(特にボリビア)と比べると
値段表示が全然違うのでかなり戸惑う。
例えば普通レベルのレストランで食事する場合、だいたい同じものが出てくるとして
恐らく日本だと700ー800円
ペルーだと15ソル(450円)
ボリビアだと15ボリビアーノ(240円)に対して
チリは4000ペソ(700円)となる。
チリはとにかく数字が大きく、10000ペソ札(1700円札)とかが当たり前のように流通している。
だから物を買う時はだいたい下のゼロ三つを取った値段を言う。
日本円に直す時はそのゼロを三つ取った数字に170をかけるか
そのままの数字を6で割るか、どちらかをすればよい。
30をかけるペルーソルや12をかけるボリビアボリビアーノと違ってかなり面倒である。

で、その朝飯のハンバーガー+ジュースも3700ペソ(600円)で
10000ペソ札を出して6300ペソをもらった。
飯を食ったあとは今日の目玉であるチュキカマタ銅山に行った。
ツアーを組んでいったのだが、集合場所、募集形態が
地球の歩き方情報と全然違っていてかなり焦ったが色々あって参加できることになった。
カラマの町から30分ぐらいかけてバスで銅山に行く。
銅山のうちの一つは横幅3キロ、奥行き5キロ、深さ1キロというとんでもなくでかいところだった。
そこにKOMATSU製の高さ10メートルはあろうかというトラックがひっきりなしに通過していった。
結局そのトラックに"イホデプータ"と言って石をぶつけることはしなかったけど
かわりにそこに落ちていた石を持って帰ることにした。
精製される前の銅の色である緑色が良しに混じっていて綺麗にしたらなかなかキレイそうだ。

これから夜行バスで20時間かけてチリの首都、サンティアゴに向かいます。
途中、昨年冬の鉱山落盤事故があったコピアポをスルーします。
たぶん夜だから見れないかな。。。

では、ちゃお。
2011. 03. 10  
19日目
ウユニ塩湖ツアー最終日、
ラグーナコロラダから国境を越えてサンペドロデアタカマへ。
24歳の誕生日はボリビアとチリ、両国で迎えることとなった。
とりあえず今まで健康、無傷、無盗難、無暴漢で元気に旅行中です。

このウユニ塩湖ツアー中、ふと思ったこと。
言葉分からないなら分からないなりの楽しみ方がある。
分かるなら分かるなりの楽しみがあって、
もう一段中に踏み込めるわけで、それはより面白い。

ウユニ塩湖ツアーは6人で、日本人は私だけ、
ポーランド人の30半ばのカップル二人と、韓国人3人。
30半ばの夫婦とそのおじさん。
自分でいうのもあれだが、旅行中にスペイン語のリスニングとスピーキングは
だいぶ鍛えられたと思っている。
何よりなんとなく雰囲気に溶け込める。
英語もだいたい分かる。
ただ、さすがに韓国語とポーランド語はそこまで分からない。
韓国語は
カムサハムニダ(はじめまして)
マシッソヨ(おいしい)
チョナンカン(草なぎ剛)
ぐらいしかしらないし、ポーランド語は一年大学で学んだけど
所詮挨拶程度しか分からないから話すには程遠い。
彼らはグループ内では母国語で好き勝手喋っている。
移動中の車中では韓国語とポーランド語が飛び交い、トランスミッターから
私のiPhone経由でJPOPが必死に抵抗し
写真スポットで車から降りる時はボリビア人の運転手がスペイン語でその土地の
説明し、難しい説明の時は英語のヘルプが入り、
ポーランド人の彼女、韓国人の夫がそれぞれの相方に母語で伝えるという感じだった。
結局異国人がいる時に、母国人が二人以上いると母国人といる方が楽だから分離する。
まあ私はこういう状況には慣れているので寂しいとかは特に感じないのだが
せめて彼らが何を話してるのかは知りたかった。
英語やスペイン語なら何話してるのか分かるので突っ込めるのだが
今回ばかりは全く分からなかった。

でも楽しめたのは一日の行程が終って宿で集まった時だった。
ウユニで会った藤さんからもらったトランプを使って、何か遊ぼう、
と私が提案し、みんなでブラックジャックをやった。(21に近づけるやつ)
単純なルールだし、かつギャンブル性もあり、みんなかなり燃えた。
お金やコインの代わりにコカの葉を使ったのも良かった。
次の日は韓国人のiPhoneのアプリで
黒髭危機一髪やロシアンルーレットもみんなでやって盛り上がった。
この時の共通言語は英語だった。
単純なルールでかつ勝負性もあったからこそ
グループ内で分かれることもなく、一体感を得ることができた。
ペルーのタクシーやラパスの土産物屋でばりばりスペイン語使って
値切り交渉したり世間話したりするのもとても楽しいし
かなり充実したひと時だったけど、
言葉分からないなら分からないなりに楽しむこともできることを感じられた。
そう感じた3日間のウユニ塩湖ツアーだった。

ちなみに行った所の感想はたぶん日本帰ってから書きます。
たぶんこのボリビアで過ごした一週間は一生のうちで最も「濃い」経験が出来た日々だったと思う。
だからゆっくりと写真をふりかえりながら書くことにしたい。


明日はカラマのチュキカマタ銅山に行きます。
ゲバラがモーターサイクルダイアリーズでそうしたように
銅山のトラックに「イホデプータ!!」って言いながら石を投げつけてきます。
その後、夜行バスでチリの首都サンティアゴに向かいます。
またゲバラがそうしたように、近郊のバルパライソでケーブルかーっぽいやつに乗り
飛行機かバスでアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに入って日本に帰ります。

たぶんボリビアでかけたパンチパーマ(ボリパーという)と真っ黒に焼けた顔のお陰で
日本にいる知り合いは今の私をみてもまず分からないと思う。

ではお休み。

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